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極秘資料
注意:この資料の内容及び存在を研究所関係者以外のいかなる人物にも教えてはならない。
①小雪街の歴史が消えていた理由について
このプロジェクトが始まる前から小雪街の存在は
ほとんど世に出回っていなかった。
小雪街の負の歴史を抹消しようとする派閥と、
後の世代に伝えていこうとする派閥の対立がその理由とされる。
この対立の資料はほとんど残っていなかったため、当研究所の
死体人形の三人「戸隠栞」、「國居清正」、「旭橋渚」、
そして復元した陶器の人形である「雪ノ下忍冬」に
話を伺ったところ、その件に関しては一言も話さなかった。
戸隠はその話の際もいつも通り顔色を変えなかった。
旭橋もいつも通り話をはぐらかした。
忍冬はその件に関しては全く知らないようだった。
上記三人は反応があまりなかったが、
國居は激しく動揺し発汗、動悸などの症状が現れた。
國居のみがこの対立状況を知っており、
またそれに大きなトラウマを持っている可能性がある。
また、忍冬は発見当時いくつかのパーツが欠けていたため(詳細は後述)
彼女の製作者であり、熱心な歴史を後に伝える派閥の支援者であった
「雪ノ下柊」が最後に作ったとされる人形に
一部パーツが使われていた可能性がある。
なお、その最後の人形の行方は分かっていない。
②死因や生存時期について
当研究所の被験者4人は、生存時期が全員異なっていることがわかった。
忍冬、旭橋、戸隠、國居の順で誕生している。
また、死亡時期はある程度重なっており、
忍冬、旭橋と戸隠が同時期、國居の順で死亡している。
忍冬は発見当時、右足、左腕の関節から先端までが欠損した状態だった。
発見当時の死体人形三人は全員実験の痕が身体に残っていた。
旭橋にはそれ以外の目立った損傷はなかったが、
右腕(利き手の反対)が義手であった。
戸隠には索状痕、國居には吉川線があった。
このことから戸隠は自殺(縊死)、國居は他殺(絞殺?)、
旭橋と忍冬は不明。
③なぜ彼らは生き返ったのか?
(人形の忍冬は除く)
現在調査中だが、おそらく実験に使われていた物質によるもの
ではないかとの考察がある。
だが、そのような事例は今までで一度も無い。
実験で使われていた物質は現在でも流通しているため、
このことがばれてしまったらどうなるだろうか?
おそらく大きな騒ぎにもなるし、死者蘇生という禁忌の行為が
世に出回ってしまう。
そのため、もし死者蘇生ができるような方法を見つけてしまっても
絶対に誰かに教えてはいけない。
わかったかい?新入研究員のお前。
どうせ最後まで読んだんだろう?
二人だけの秘密だ。絶対に。
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